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【徹底取材】「あまりに異質すぎて唖然」 新映像と新証言で浮き彫りになった安全対策の不備 沖縄・辺野古転覆事故から2ヵ月【ウラドリ】newsおかえり特集

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沖縄県名護市辺野古。この映像は天伏事故の直前に船に乗っていた同社国際高校の生徒らが撮影した映像です。

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学生らを乗せた小型船はエメラルドグリーンに染まる海を進んでいきます。

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沖合に出たのでしょうか。穏やかな波に船が揺られる様子も。しかし辺野古の海で平和について学ぶはずのこの研修旅行に突如として悲劇が訪れました。

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船体に平和丸と書かれているのが確認できます。

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今年3月沖縄辺野古沖で2隻の小型船が天伏。船は米軍基地の建設に反対する抗議船で平和学習のために訪れた高校生ら21人が海へと投げ出されました。亡くなったのは基地反対を訴え続けた船長と美しい珊瑚を見たいと船に乗った少女。わかったね。わが子を両親らが迎え入れます。帰る。

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事故後安全管理の不備が次々と明らかに。

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事故きた現場通りような場所ではない。

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船に乗っていた生徒らが周囲に語った。天伏 の 一部 始終 と は 過去 に は 船長 自ら が 死 の リスク に も 触れ て い まし た

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命の安全はなぜ置き去りにされたのか、その背景に迫ります。

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沖縄本島の北部に位置する名古し辺野古、町には70年近く前からアメリカ軍海兵隊の基地キャンプシュアブが置かれ、エメラルドグリーンに染まる海の一角では現在も軍の新たな飛行場の建設が進められています。

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事故が起きたのはそのすぐそばでした。

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乗っていた船が大きな波に飲まれて全員が船から落ちた。

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船体を荒れにしたまま航行される小型船。

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2隻の天伏した船が港へと入っていきました。

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天伏したのは福津そして平和丸と名付けられた新基地建設に反対する抗議船でした。乗船していたのは抗議団体辺り基地反対協議会所属の船員3人と京都にある同社国際高校の生徒18人。生徒の目的は抗議活動ではなく基地建設の現場を見学し平和について学ぶためでした。

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屋根部分がなくなり操縦席が激しく損傷している様子が確認。でき ます

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この事故で、福津の船長で牧師の加内はじめさんと平和丸に乗っていた竹石友香さん、17歳が亡くなりました。一瞬にして悲劇と化した平和学習旅行。他にも生徒12人がけがをしました。友香さんは天覆からおよそ1時間後、身につけていた救命胴衣が船に引っかかった状態で見つかり、死因は溺死でした。事故から2日後、友香さんの母親は娘の洋服と帽子を身につけて手のこぎりを訪れました。

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四人家族の次女として生まれた友香さん。

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遺族によると、沖縄では講義活動をする意図など微塵もなく、友人らと綺麗なサンゴ礁を見るのを楽しみにしていたといいます。

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事故後に遺族が綴ったSNSの投稿。そこにはあの日からの出来事が記録されています。

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妻が一緒に船に乗っていた友人の母親から電話を受ける。乗っていた船が転覆して、智佳ちゃんが意識不明で救急車で運ばれたみたい。校長先生含む2名から、竹石智佳さんが意識不明で病院に運ばれ、先ほど病院から連絡があり、12時29分、死亡が確認されましたと伝えられる。

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智佳さんは飛行機で家族と共に家に着きました。おかえり。

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一緒に帰ったからね。おかえり。みんなに会おうね、ともちゃん。友達会に来てくれるから。かわいそうに。

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最後に智佳さんを運んだのは、幼い頃からよく利用していたという航空会社でした。

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智佳喜んでると思います。ありがとうございます。ありがとうございます。

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突然訪れた娘との別れ。

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現実とは受け止め難いものでした。

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ともかの名前が書かれている死体検案書。死亡届を直視できない。こう失った親はみんなこんな思いをしてきたのか。

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今回の研修旅行自体の異質さについても触れられています。

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ともかが抗議船に乗ることなど全く知りませんでした。これに乗っているはずがない。心配停止で運ばれたのは人違いだろうとさえ思ったのです。定員ギリギリの生徒を乗せ、海上保安庁の船が監視する中、抗議活動の場を通り抜ける。それを第三者がどう見るかは、非を見るより明らかです。

8:41

学校や抗議団体に募る不信感。事故はなぜ起きたのか。

8:50

乗船していた生徒らが事故後関係者に驚きの証言をしていることが取材から明らかになりました。

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大変な事態を引き起こしてしまったということに対するお詫びをまずは申し上げたいと思います。本当に申し訳ありませんでした。申し訳ありませんでした。

9:20

事故後、船の運行を担うヘリキチ反対協議会と同社国際航空がそれぞれ会見を開きました。そこで今回の平和学習におけるずさんとも言える安全管理が明らかになりました。これは事故のおよそ3時間後に撮影された現場海域の映像。海上保安庁の発表によれば、白波が目立つこのあたりで船は転覆しました。山岳礁が広がる浅瀬、その外側は水深が急激に深くなり、強い波が発生することで知られています。なぜそんな海域を通ったのか、亡くなった加内船長とともに一時航行船に乗っていたという中曽根さんも疑問に感じたと言います。

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僕も写真地図で見た限り、基本あのリーフの上の近くは基本通らないんです。事故きた現場通るような場所ではないことはもう加内さんも確実に思うので、なぜそこに近づいたのかももう不明わかんない状況ですよ。

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10:51

20年近い経験と操縦技術もあったという加内船長、事故当日波浪注意報が発表されている中で船を出航させました。

11:04

海況は悪くなかったと、それであの船長もあの大丈夫だということであの出航の判断をされたと思うんですけど、あの突然高波が来て、そしてあの最初の船が転覆して、でそれを助けようとして次の船もまた高波に襲われて転覆したというように聞いております。

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運航団体は出航の基準について船長に 一任 し て い た と 説明

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学校側も最終的に教員と話し合った上で船長の判断にお任せしたということでございます。

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船長と話し合った教師らはハロウ注意報が出ていることすら知りませんでした。さらに船に乗るはずだった女性教師は直前になって乗船を取りやめ、もう一人の男性教師も船には乗りませんでした。船長に丸投げされていた安全管理。転覆後海上保安庁に通報したのは海に投げ出された生徒たちでした。船の運行態勢に不備があった可能性も指摘されています。他人の求めに応じ人を乗せて船を運行する場合、優勝無勝に関わらず事業者は国の登録を受ける必要があります。

12:48

事業者は天候状況を踏まえた出航判断の基準などを作成し、安全な運行に努めなければいけません。

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しかし今回転覆した福津と平和丸の2隻はどちらも未登録でした。

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また幽暗船的なものであるから、ようなことではないので、そういう登録にふわたりしないんじゃないかという規定ですね。

13:21

水難事故に詳しい元海上保安官の遠山氏は。今回 の ケース に つい て 法律 に 触れる 可能 性 が ある と 指摘 し ます

13:39

明らかにこの海上輸送法の不定期航路事業、これを構成する要件であるその他人の事業に需要に応じてですね、人を運送する事業である。これはもう明らかにこれに該当するのではないかというふうに思います。したがってこの今回のこの登録なしでですね、こういった形態の船の運行していたこの団体についてはこの海上輸送法違反である可能性というのが極めて高いというふうに言えると思います。

14:10

波浪注意法が出る中、明確な出航基準も持たず海へと出た高見船。海上保安庁は業務上過失致死傷などの疑いも視野に捜査を進めています。さらに船に乗っていたセトラが事故後関係者に驚きの証言をしていることが取材から明らかになりました。セトラは出航後の様子についてこう語っています。どこに向かっているのかは定かではないのですが、海上保安庁と並走していました。かなりのスピードが出ていて少し怖かったです。

15:03

最初は波が穏やかで産護省やそこにいる生物の説明を受けながら産護省でできた島をぐるっと回りました。船長さんと船の操縦について話していた流れで操縦してみる」と提案してくださったので操縦しても大丈夫なと。に 移動 し て から 操縦 する こと に なり まし たその後、家内船長に操縦が代わり、港へ戻っている途中で事態が一変したといいます。帰っている途中、急に海の色濃く変わり、波が荒くなってきました。船のスピードもかなり上がり、横から大きな波が来て、そのまま転覆しました。

16:00

セトラは家内船長の様子についても語っています。横から大きな波が来ているのを見て、私たちは叫びましたが、船長さんはまっすぐ前を向いたまま何も言わずに操縦していました。気づいた頃には、セトたちは海へと投げ出されていたといいます。

16:36

この上とねこの下二手に分かれてこう行って、まあ向こうのあの黄色いVのところから乗船したかなんですね。まあなかなかまあ危険を伴う場所ではあると思いますね。

16:53

辺野古町の徳田さんによると、付近の岩壁は漁業関係者の船しか経由できないため、甲冑船への乗り込みは無造作に岩が積まれたこの防波堤から行われていたといいます。

17:10

事故に遭ったセトラはこのあたりから乗船したとされています。岩場は非常に足元が悪く、堤防はかなりの 高 さ で 立っ て いる と 恐怖 を 覚え ます

17:26

乗船前の写真には、細い防波堤から岩場に降り、船に乗り込む生徒らの姿が収められていました。徳田さんは平和学習の一環として生徒を抗議船に乗せたことについても疑問を呈しました。

17:47

反対活動家の皆さんと反対活動している場所に行って見たっていう話であるんですが、平和学習とはちょっとかけ離れているのかなと思っております。今後また引き続きそういう活動、この思想いろいろあると思うんですけど、この活動のやり方というのはですね、考えるべきじゃないのかなと思ってます。

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18:13

一方、学校側は、本校はその平和学習というのをこの学校の一つ大きなアピールポイントというふうにも考えております。かなり牧師の方からも船に乗って沖の方から現場を見ることもできるよというふうなお話をいただきまして、本校で検討し、この海上からの辺野古基地の見学というふうなものを研修旅行の中に取り入れることになりました。

18:52

ただし、船については抗議船とは認識していなかったとの見解を示しました。

19:01

普段戦争基地反対を唱えている方々が乗ったりしている船というふうな言い方はしますけれども、抗議船という言葉では生徒の方にも校長の方も。伝え て いる こと は あり ませ ん

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ところが、この見解と食い違うような記述が学校側の資料から見つかりました。取材班が入手したのは同社国際高校が去年8月に発行した研修旅行のレポート。そこには亡くなった加内船長のメッセージも掲載されていました。

19:51

基地があるからそこに戦争がやってくる。基地のないところには戦争は来なかったんです。沖縄戦がそれを実証しています。巻き込まれて集団自決、強制集団死が起こって住民が犠牲になっています。単純だけど非常に大事な教訓です。

20:21

新基地建設に抗うその根底にある思いが語られていました。そのメッセージでは船が抗議船であると明言されていました。

20:37

来てくださった方々に辺野古の抗議船に乗っていただいた抗議活動をする船長をして19年になります。海は危険な場所でもあるんですね。実際に仲間の船長が抗議活動に行って海で亡くなっています。海では実に簡単に人が死ぬ。ごく身近に見聞きしています。

21:08

加内船長は学校

21:10

側 に 船 に 乗っ て の 講義 活動 が まさに 命 に 関わる こと だ と も 語っ て い た の です取材班は同社国際高校に対し船の危険性や抗議船であることを認識していたかなどについて質問しましたが、文部科学省の調査中のため回答は控えさせていただきます。抗議船を運航していたヘリキチ反対協議会の代表らはABCテレビの取材に対し、10年以上前に各地の学校から辺野古の見学について依頼が来るようになり陸上から新基地建設の様子を見てもらっていたと説明。ただ生徒らを乗船させたことについては会場活動を担うチームに任せていて事故が起きるまで把握していなかったと話しました。そして公開の言葉を繰り返しました。

22:22

私たちの行動の中でこういう悲しい事故が起きてしまったということは本当にもう悔っています。

22:31

どんなに謝罪してもしきれないというのはあると思うんですけどやっぱりそれでも顔を合わせて謝罪したいっていう気持ちだけですよね。

22:45

事故後協議会は一切の講義活動を自粛しイソクラに対する直接謝罪の意思を弁護士を通じて伝えているといいます。亡くなった竹石智香さん。幼い頃から両親の仕事の 都合 で 海外 の 学校 に 通い さまざま な 国 の 人々 と 触れ合っ て き まし た日本に帰国し中学校から通い始めたという同社国際での日々は、国外での経験が長かった智香さんにとってまさに憧れの時間だったそうです。高校では積極性を磨いて新たなチャレンジに踏み出したい。

23:37

そう語っていたといいます。なぜその我が子が原因究明を待つ遺族の心は癒されぬままです。

23:54

初めて会った取引先の人にも、二人の娘を自慢してしまうくらい明るく優しく聡明な子でした。家族思いで家族で出かけるのをいつも楽しみにしている子でした。家族四人で過ごせる幸せな時間はずっと続くものと思っていました。本当にどうしてこうなってしまったのか、言葉が続けられません。

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